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LPWA等の無線通信がスペック上の通信距離ほど飛ばない理由

2020.10.08

IoT解説

IoT技術解説


 ソナスの滝澤です。
 先日お客様のフィールドテストに参加させていただいた際、こんなことがありました。

 そのお客様のシステムでは弊社の920MHz帯の規格であるUNISONet Leapを使用していて、事前の別の実験では1ホップ間の通信距離がだいたい300m~500m程度という数字が取れていました。しかし実験中、親機から1km以上離れた場所の子機の電波が、マルチホップせずに1ホップで良好に受信できたのです。

 UNISONet Leapのカタログスペック上の通信距離は最大2km(見通し)となっているので、理論的に不思議というわけではないのですが、一方で実用の現場でkm単位の距離で電波が届くということは私の経験上、あまり多くありません。
 そのため私自身いつも「実用では通信距離は数百m」という感覚で扱っているので、1km以上で実際に届いたというのは「本当に届くんだ!」という感慨がありました。

 なぜこの実験では通常と違って1km以上離れて良好な通信ができたのか。
 逆にスペック上の最大通信距離と実用上の通信距離の乖離はなぜ生まれるのか。

 今回はこれらの理由について解説してみたいと思います。

 

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 普段は数百mの無線が1km以上届いた理由

 今回のフィールドテストは大きな河川沿いで行っており、1km以上の距離で通信できたノードは、それぞれ対岸の土手の上に配置されていました。この「土手の上」にあったというのが普段より遠くのノードと通信できたことの大きな要因になります。

 「 LPWAを比較する際の留意点~主要な指標の落とし穴~」の記事中で、「アンテナが地面に近いほど通信可能な距離は短くなっていきます」と書いたのですが、厳密に言うと重要なのはアンテナがある地点での高さというより、送信アンテナから受信アンテナまでの空間に高さが確保されていることが重要となります。

 このケースでは、機器自体は地面から1mほどの高さに固定していました。しかし、ノード同士の間に広がる空間を見ると土手から川面まで3~4mほど低くなっており、実際には地面から4~5m程度の高さに置いたのと変わらない状態になり、長距離で通信ができるようになったと考えられます。

 上記の理論的背景にあるのが「フレネルゾーン」と呼ばれる領域です。

 

フレネルゾーン

 フレネルゾーンとは送信アンテナ~受信アンテナ間を結んだ直線を長軸とする長楕円体の領域です。無線通信において「見通し」の状態というのは、アンテナ間を結ぶ直線上に障害物がないだけではなく、フレネルゾーンが確保されていることを指します。

 無線通信のことを考えるとき、送信アンテナから発せられた電波信号が受信アンテナに届くまでの経路というのは直線的に考えることが多いのではないかと思います。電波は波なので壁からの反射や障害物を回り込んで届く回折といった現象も考慮はしますが、「直接届く電波の線」「反射して届く電波の線」「回折して届く電波の線」といったイメージをするのではないでしょうか。

 しかしイメージでは「直接届く電波の線」のように見えて、物理的事象として見ると実際には空間的な広がりがあります。送信アンテナから発せられる「波」が空間に広がり、広がった各位置からの波の重ね合わせを受信アンテナが捉えるのです。このとき送信アンテナから受信アンテナに「直接届いた」と見なされる波の経路が集まったものが、フレネルゾーンであると考えることが出来ます。

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 そのため、フレネルゾーンの一部を遮る障害物がある場合はその分だけ受信アンテナに届く波が減る(=減衰する)ということになります。つまり、受信する電波の強度が小さくなります。
 アンテナが低い位置にある場合、フレネルゾーンの下部が地面にごっそり削り取られてしまうので、受信電波強度は大きく下がってしまいます。受信電波強度がその通信規格で取り扱えないところまで小さくなれば、当然通信はできません。

 フレネルゾーンの高さ方向の大きさ(フレネル半径:楕円体の短軸方向の半径)は、使用する周波数とアンテナ間の距離で決まります。周波数が一定の場合、距離が短くなればフレネル半径は小さくなります。つまりアンテナを近づけることで、同じ高さでも地面に削られるフレネルゾーンが減るので減衰は改善し、通信できるようになります。

 実際にはフレネル半径の60%のアンテナ高さを確保できれば、電波伝搬の理論値とあまり変わらないとされています。UNISONet Leapで使用する920MHzの電波でアンテナ間の距離を1000mとすると、フレネル半径はおよそ9mとなりその60%は5.4mということになります。
 今回のフィールドテストでは対岸同士の土手の上に通信機を置いたことで間の空間では川面から5mほどの高さになっていたと思われるので、理論と実際がほぼ一致していそうです。

 

まとめ

 今回は無線通信の距離がカタログスペック上の通信距離より短くなる大きな要因である、フレネルゾーンを解説しました。この話は無線についてアカデミックに学んだりアンテナなどハードウェア方面から学んだりする際には出てくるのですが、ビジネス上で「無線システム」として扱う際にはあまり触れられないように思います。

 かく言う私自身、「 LPWAを比較する際の留意点~主要な指標の落とし穴~」の記事を書いたときにフレネルゾーンの話をすることも考えましたが、アンテナの高さが距離に影響するという説明でまあ十分だろうと思っていました。
 しかし今回参加させていただいたフィールドテストで、フレネルゾーンを確保することの通信距離への影響の大きさを強く実感することになりました。そこでLPWA規格の紹介記事の手を止めて指標記事の補足として解説しようと思い立った次第です。

 カタログスペックの速度や通信距離は理論値であり実際にはそんな性能は出ない、というのはある種の真理ではありますが、通信距離についてはフレネルゾーンが確保できる条件下では理論値に近づけることがあります。
 弊社の実際の例でも2020年3月にニュースリリースを出した東北電力様・ドコモ様と実証実験では、山間部の送電設備の鉄塔という高所にUNISONet MetroというLeapよりさらに長距離用の通信機を取り付けたのですが、想定スペック以上の距離を通信できています。

 一般的なIoT機器の利用用途ではフレネルゾーンの確保は難しいかもしれませんが、多少でも考慮できると通信範囲を改善できる可能性があります。Web上には周波数と距離からフレネル半径(=必要なアンテナ高)を計算するツールを提供しているサイトもありますので、ぜひ意識してみてください。